地中海都市の今日的意味

「地中海都市周遊」中公新書 陣内秀信/福井憲彦著 建築知識での書評 

20年近くも前の話になるが、私が設計事務所をやめ、渡伊を考えていたときに、陣内さんに貴重な時間を頂き相談にのっていただいたことがある.新宿で昼御飯を食べながらほんの一時間ほどではあったが、その時に南イタリア、長靴の先っぽにあるチスティルニーノという小さな街が美しくて面白いという事を伺ったことを昨日のように思い出す.まだ、ヨーロッパにも行ったことのなかった私は、当然フィレンツェやベネツィア、ローマなどの話が本当は聞きたかったのであるが、いきなりガイドブックにもなく聞いたこともないこの小さな街の名前がでてきたので正直言って困惑した.というわけで、.無視した訳ではなかったが、イタリアへ行ってからまずは当然のように有名な都市を訪れてみた.眩いほどの有名な建物、彫刻.しかし、しばらく見ているうちに、私の興味はしだいと小さな街の生き生きとした生活や空間、そしてそこに暮らす人々の中に潜む「街を生き生きとさせている何か」に変わっていった.そのような街々を見歩いていくと直感的に活気のあふれた楽しそうな生活空間から「街を生き生きとさせている何か」を感じ取ることが出来る.しかしそれを分析して人に説明するのはなかなか難しいことであるし、ましてや設計の中にそのおもしろさを再現しようと思うなら、そのおもしろさの本質と背景に隠れている歴史、風土、宗教などを総合的に理解していなくてはならない.ただ雰囲気をまねただけではテーマパーク風、または建て売りの・・風になってしまう.本書はその「街を生き生きとさせている何か」について、読み安い言葉でありながら上手く説明しているように思う.しかも建築という分野からだけでなくさまざまな方面、文化的、宗教的な背景をしっかりと見据えた上での話であるから、深みがあり読み物としても面白い、ということが建築の専門出版社でなく中公新書から、しかもカラーページ付きで出版されているわけであろう.さて、この本「地中海都市周遊」であるが、この題名が興味をそそる.南イタリアの・・・、とかイスラム都市の・・・、という分け方で語られることの多いなか、イタリア、スペインなどのヨーロッパ側だけでなく、対岸の北アフリカ、モロッコの都市とシリアのダマスクスにまで話は広がりを見せている.地中海というと、ついヨーロッパ側だけに意識がいってしまうが、地中海を中心に繰り広げられた古代ローマからイスラム帝国、そしてイスラム教とキリスト教など複雑な歴史を顧みれば、地中海の沿岸都市は現代では考えられないほど密接に関係のあった地域なのである.むしろ地中海に面する国々を考えるとき、図と地を反転させ海を中心に考えたほうがわかりやすい.今はアフリカ大陸、南ヨーロッパ、中東という枠組みの中に入ってしまっているが、この地の文化は地中海を舞台に展開していった.本書ではイスラムの都市と南イタリアの都市を見比べることによっていっそうその違いと共通点が明らかにされている.これら、地中海都市の今日的な意味都市というものをどのように定義するのか、またどのようなものを理想とするのかによって様々な意見に分かれるかもしれない.どちらにしろ現在の東京のオフィス街や歓楽街は本来の意味においての、言い換えると人が住み生活を楽しみ集まって暮らしていくところ、ではなさそうである.アメリカ型の機能的な価値観や、近代都市の特質では本書にでてくる都市は語れない.ヒューマンスケールを保ち人間的な価値観で創られる小さな都市での生活は、非能率的でもあり不便さを伴う.ベネツィア本島の町中は当然車は走らないし、階段も沢山ある.魅力的な地中海都市ではあるがつねに順風満帆ではなかった.たくさんの紆余曲折を通り抜け現在の姿がある.70年代は車が街の中心の広場に溢れ、人間が街の中心から締め出されそうになったこともあったという.しかしそこで車に街をあわせるのではなく、不便を受け入れ生活の豊かさを求めたところがわれわれ日本の街との大きな違いであった.結果、日本には個性のない、一見(車には)合理的な街で溢れかえることになる.今私たちが求める本当の魅力的な都市とは何か、よく叫ばれている「豊かな生活」とは何か?近代化に乗り遅れたこれら地中海の小都市は、悪く言うと一周遅れのトップランナーとも言える.しかし21世紀の街のあり方を問うた時、日本の都市が歴史が刻まれた織物のような都市とは言えないような状況になっている中、本書に描かれているような魅力的な街の本質を知ることはこれからの都市造りの手本やヒントになることであろう.